右隣に、確かに感じる存在。
足音、息遣い、触れなくともわかる、かすかな温もり。
すぐ隣にいるはずなのに、それでも、落ち着かないものだ。
自分よりも、ずっと大きな図体をしているくせに、
派手な格好をして、金色に輝く髪を揺らして、これ以上ないくらいに、目立つ存在なくせに、
なぜ、見えない。
右隣
気付かぬうちに、いなくなってしまうのではないか。
先程から幾度となく、そんな不安ばかりが胸をよぎる。
堪えきれず、顔を右に向けた。
「なんだい?」
不思議そうに自分を見下ろす、その表情を見て、やっと安堵する。
もう何度目だろうか、このやり取りは。
少し歩いては立ち止まり、右を振り向き、頭上からの問いに、なんでもない、と答えては、また歩き出す。
(何をしておるのじゃ、わしは)
政宗にとって、片目であることは当然だった。
不便なことは多々あるが、成長した今となっては、特別、劣等感を抱くこともない。
しかし、この時ばかりは、片目であることを恨めしく思った。
右目のない政宗にとって、死角になる右側を歩くのは、彼なりの気遣いなのだろう。
しかし、それでは、肝心の彼の姿が見えなくなってしまう。
それが嫌だった。
いつだって、自分の目の届く場所にいてほしいと思う。
自由気ままで、風来坊な彼が、慶次が、どこにも行ってしまわないように。
(そばに、いてほしい)
左隣に寄り添って、明るい視界の中で、笑顔を見せていてほしい。
(だから、左側を歩け、なんて)
たったそれだけの言葉が、政宗には、どうしても言えなかった。
慶次の気遣いを無駄にはしたくないし、
何より、そんな女々しいことを口にするのは、彼の気位が許さなかった。
例えば、自分が女だったならば、大名などではなかったならば、
もっと素直に、言葉にすることができただろうか。
そう考えると、男として生まれてきたことも、大名であることすらも、全てが障害であるような気がしてくる。
いや、元はといえば、両目さえあれば、いちいち、こんなことで悩む必要もなかったのではないか。
ああ、そもそも、こんなことを考えていること自体、女々しいではないか。
そんな自分自身に腹が立ってきて、自然と早足になってしまう。
その時だった。
「おーい、待てって」
後ろからかけられた声に振り返る間もなく、右手を包んだ温もりに、思わず立ち止まる。
ゆっくりと右を振り向くと、相変わらず、困ったような表情の慶次と目が合った。
慶次から目を逸らし、視線を下に向けたところで、目に入ってきた光景に、顔が赤く染まるのがわかった。
繋がれた、手と手。
「ば、馬鹿め!何をしておるか!」
とっさに手を引こうとするが、慶次の大きな手は政宗の手を捕らえて離さない。
なおも必死にもがく政宗の姿に、思わず慶次が噴き出した。
「そんなに焦っちまって、かわいいねえ」
「う、うるさいわ!さっさと離さぬか!」
抗議の声には耳を貸さず、政宗の手を、ぐいと引き寄せる。
少し屈んで顔を近付けると、政宗の隻眼が、ぎゅっと閉じられた。
何か勘違いしているのであろう、その姿に笑いを堪えながら、空いた片手を、そっと、政宗の頭にのせる。
恐る恐る目を開く政宗に、慶次は、いつものように微笑みかける。
「さ、行こうぜ」
何事もなかったかのように、そう言うと、政宗の手を引いて歩き出す。
「ば、馬鹿め!待たぬか!」
慌てて慶次の隣に並ぶと、ひときわ強く、右手を握られた。
相変わらず、自分の右側を歩いている慶次の方に顔を向ける。
「これなら、大丈夫だろ」
そう言って、にやりと笑いかける慶次に、また顔が熱くなる。
(ああ、見透かされていた)
先程までとは違う、手の平の確かな感触、伝う体温。
目に見える姿よりも、ずっとずっと、彼という愛しい存在を近くに感じた。
「しかし、これじゃあ子供のお守りみたいだねえ」
感慨にふけっている中、さらりと無礼なことを言ってのける慶次の足を思いきり蹴飛ばす。
いってえ、と言いつつも、嬉しそうに笑う慶次の声に、政宗も笑みを浮かべた。
(その手を離すこと、許さぬぞ、慶次)
言葉には、出さないけれど。
右手に愛しい温もりを感じながら、片目であることも悪くないと、
姿は見えなくとも、このまま、右隣にいてほしいと、思った。