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降り止まない、雨の音。
こんな日には、たまらなく、
太陽に、会いたくなる。
晴れ男
「鬱陶しい」
朽ちかけた小屋の屋根の下、濡れた髪を神経質そうに撫で付けながら、政宗は呟いた。
五月晴れが続いていた中、降り出した雨は、もう三日も止んでいない。
雨は嫌いだ。
雨雲は太陽を隠し、雨音は、声も、匂いも、足音も、存在すらも、
かき消してしまうから。
(もう、我慢の限界だ)
とうとう耐え切れずに、家臣たちの目をかいくぐり、政務を放って、城を飛び出してきた。
たかが三日でこの有様では、本格的に梅雨入りしたら、自分はどうなってしまうのだろうか。
「くだらぬわ」
ふと、心の中に浮かんだ問いを、思わず、そう口に出して打ち消した。
ああ、本当に、くだらない。
先程の問いかけが、ではない。
ほんの三日、会えないくらいで不安になる自分が。
このような感情に翻弄される自分が。
馬鹿馬鹿しい。滑稽だ。なんと惨めで、情けない。
それでも、
(会いたい)
そう強く思った刹那、雨音に混じって、誰かの足音が聞こえた気がした。
高まる期待、無意識に高鳴る鼓動を、抑えきれなかった。
次第に大きくなる足音、徐々に近付いてくる影、ぼやけた視界の中、ゆっくりと鮮明になる輪郭に、
期待が、確信に変わる。
(ああ、やっぱり)
「よお、こんな所にいたのかい」
一歩手前で、初めて存在に気付いたかのように立ち止まった、その男は、
わざとらしげに驚いて、政宗の随分と頭上から声を掛けてきた。
「慶次?」
何事もなかった風を装って、いつもと同じ調子で慶次を見上げる。
その隻眼は、雨上がりの陽射しに照らされた雨粒のように輝いているくせに。
いや、違う。
輝いているのは、きっと、瞳の中、映り込んだ、
彼の方だ。
「びしょ濡れになっちまってるじゃねえか」
しょうがないねえ、と、呆れたように笑う慶次の大きな手が、政宗の頭に降ってきた。
「やめんか、馬鹿め」
ぐしゃぐしゃと撫で回されて乱れた髪を直しながら、抗議の声を上げる。
しかし、その声は本心からの言葉ではない。
慶次の大きな手が、その手の平の感触が、政宗は、嫌いではない。
そうだ、
(いつだって、温かい)
「ほら、殿様がこんな所にいたら、家臣たちが心配しちまうぜ」
送っていってやるから、と言うと、返事をする間もなく、背中を向けて歩き出す。
視界に収まりきらない慶次の大柄な体が、少しずつ離れていく。
焦点は慶次に合わせたまま、周りの景色を、はっきりと意識し始めた頃、空の青さに気付いた。
いつの間にか、雨は止んでいた。
「おーい、早く来いよ」
振り返る慶次の金色の髪が、陽射しを浴びて、きらきらと輝いていた。
(ああ、やっと会えた)
眩しそうに目を細めると、照れたように微笑み返して、自分の名前を呼ぶ、愛しい人の元へと駆け出した。
(太陽のように、遠くて、温かくて、眩しくて)
二つの太陽に照らされて、輝き出した月は、水溜りの中、飛沫を浴びて、身を隠した。