ふいに、背中に回された両腕。
抵抗する暇もなく、抱き寄せられた。
久方ぶりの温もりに、懐かしさを覚える。
忘れかけていたはずの感覚を、押し殺していたはずの感情を、思い出しそうになる。
やめろ、やめろやめろやめろ。
そう言って逃げ出してしまいたいのに、体が強張って声すら出ない。
そんな自分が、たまらなく情けなくなる。
認めたくはない、しかし、

敵わないと、思う。

「山犬」

そう声をかけられ、政宗はゆっくりと顔を上げた。
自分より一回り背の高い、その男を上目遣いに睨み付け、小さく舌打ちを洩らす。

「いつまで、そう呼ぶつもりじゃ」

心底、不満そうな顔で言う。
気に入らない。
その呼び方も、奴の腕の中にいる、今、この状況も。
だいたい、矛盾している。
汚らわしい山犬を抱き締めるなど。
噛み付かれても知らぬぞ、と、独り言のように、小さく呟く。

「お前が、きちんと躾けられるまでだ」

おかしいくらいに真剣な声と表情で、目の前の男、兼続は答えた。
真っ直ぐに自分を見つめる、その視線が痛くて、思わず目を逸らす。
いつだって、そうだ。
この男は、自分の気持ちなど、見透かしている。
それが、政宗は気に食わない。
このような男に、

山犬、などと。

(人を人とも思わずに)

負けたはくない、しかし、敵わないのは自分自身が一番よく知っている。
だから、

ただ、認めて欲しかった。

「躾ける?わしを?馬鹿め、誰が貴様になど」

そんなことを言いつつも、背中に回された腕を振り払おうとはしない。
頭は胸に預けたまま、兼続の胸元に置いた手を、ぎゅっと握り締める。
彼が、兼続が、山犬と揶揄したように、
誰にも懐かず、いつだって、敵意剥き出しで吠えてばかりの政宗が、

初めて見せた、弱い表情。

(愛おしいと、思った)

子供をあやすように、そっと、優しく髪をなでる。
心地よさそうに目を細める政宗に、兼続の口から、思わず笑みがこぼれた。

ああ、本当は、ずっと求めていたくせに。

愛情に飢えた獣に、手を差し伸べてやろうと、
少しだけ、自分の元に繋いでおいてやりたいと、思った。
自分の腕の中、震えている、哀れな山犬が、政宗が、もう、迷うことのないように。

「いつか、戸惑うことなく、名前を呼べるように」

政宗の隻眼から、一滴の涙が伝い落ちた。

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